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分蜂群

養蜂夏

巣箱が襲われた日——「ビーキーパー」という言葉の意味

出張中に届いた「巣箱が倒れている」の知らせ。荒れた巣箱の前で、keeper=守る人という言葉の意味を知った。

木曜の朝、友人から「巣箱が倒れている」と連絡があった。運の悪いことに、その時ちょうど夫婦揃って出張中で、すぐには駆けつけられなかった。友人に「何か手伝えることは?」と聞かれたが、彼は防護服を持っていないし、素手で重箱を戻そうとすれば蜂群が興奮して暴走するのは目に見えていた。「何もしないで、離れていて」とだけ伝えた。

深夜のうちに家に飛んで帰り、翌朝、空が明るくなるとすぐに巣箱を見に行った。蜂群はすでに緊急避難していて、蜂球(避難した蜂の塊)もどこにも見当たらなかった。幼虫入りの巣脾はすでにきれいに食べ尽くされ、最上段の蜂蜜も跡形もなく荒らされていた。

一面荒れ果てた巣箱の前で、私はおそらく1時間ほど立ち尽くし、「どこで間違えたのか」をひたすら反省した。林の際に巣箱を置いたのに電気柵を張らなかったこと。仕事を休んですぐに帰ってこなかったこと。巣箱の固定をもっと何重にもしておかなかったこと……。一番の問題は、経験不足。ようやく「ビーキーパー(bee keeper)」という言葉の「keeper(守る人)」という意味を、身をもって理解した。

(それと同時に気づいたのは——巣箱が倒れるという緊急事態の重大さは、私の中では「息子が熱を出して看病が必要」よりもはるかに優先度が高いということ。こういう時は、1〜2日の休みを取ることが本当に必要なのだと痛感した。)

巣が壊され、蜂群が逃げてしまうのは、決して嬉しい出来事ではない。でもそのおかげで、採蜜、蜜蝋を煮る、といった一連の後処理の工程を前倒しで一通り経験することになり、結果として経験値を積むペースが早まった。そして、本来なら冬越し用に蜂群のために残しておくつもりだった蜂蜜を、味わうことにもなった。

市販されているどの日本蜜蜂の蜂蜜とも違い、同じ一枚の巣脾の中に、色も味もまったく違う何種類もの蜜が混ざり合っていた。

悲しい気持ちは確かにある。でも一番は、蜂群自身のことがかわいそうだという気持ちと、自然の摂理の前ではどうしようもないという無力感の方が大きい。この蜂群はもともと自然に住み着いてくれた子たちで、私が買ったわけではない。そう考えると、思いがけず少しだけ蜂蜜を「タダでいただいた」ようなものだ。

蜂の姉妹たちが新しい住処を見つけて、冬が来る前に十分な食料を蓄えられますように。

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